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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)4945号 判決 1999年12月27日

原告

勅使河原勇

原告

外山宏行

原告

奥村富保

原告

木下一彦

右四名訴訟代理人弁護士

松本篤周

渥美雅康

中谷雄二

長谷川一裕

岩井羊一

伊藤勤也

右原告木下一彦訴訟代理人弁護士

海道宏実

加藤美代

兼松洋子

阪本貞一

藤井繁

村上満宏

被告

日本貨物鉄道株式会社

右代表者代表取締役

伊藤直彦

右訴訟代理人弁護士

茅根熙和

春原誠

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告勅使河原勇に対し、金八八七万八〇三九円及び別表一甲欄記載の金員に対する同表乙欄記載の日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告外山宏行に対し、金八五三万〇三二八円及び別表二甲欄記載の金員に対する同表乙欄記載の日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告奥村富保に対し、金九二〇万一一二九円及び別表三甲欄記載の金員に対する同表乙欄記載の日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告木下一彦に対し、金四一六万〇二〇七円及び別表四甲欄記載の金員に対する同表乙欄記載の日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の分割民営化により被告に運転士として雇用された原告らが、被告が平成二年四月一日から施行した「六〇歳定年実施に伴う社員規程」により、社員が満五五歳に到達した月の翌月以降の労働条件について、基本給を五五歳到達月における基本給の六五パーセント(満五五歳到達時に退職手当を受給したときは五五パーセント)とし、定期昇給はなく、昇職・昇格もないなどと定めたことが、<1>就業規則の不利益変更に当たるもので、かつ、その変更に合理性がなく違法であること、<2>年齢による不合理な差別であって公序良俗に違反すること、<3>同一労働同一賃金の原則に反し違法であることから、無効であるとして、主位的には、賃金請求権に基づき、それぞれ五五歳到達月の翌月から各退職月まで(ただし、原告木下については平成一一年九月まで)の間における右就業規則の変更により減額された分の未払賃金の、予備的には、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右未払賃金相当額の、各支払を求めるものである。

一  争いのない事実等

1  被告は、国鉄の分割民営化により昭和六二年四月一日設立された株式会社であり、設立と同時に国鉄の貨物鉄道部門を承継して営業しているもので、東京に本社があるほか、北海道、東北、関東、東海、関西及び九州の六支社があり、従業員総数は、平成七年当時で約一万一七〇〇名であった。(争いがない。)

被告には、労働組合として、原告らが所属している全国鉄動力車労働組合(以下「全動労」という。)のほか、日本貨物鉄道労働組合(以下「JR貨物労組」という。)、国鉄労働組合(以下「国労」という。)、日本貨物鉄道産業労働組合(以下「貨物鉄産労」という。)、国鉄動力車労働組合総連合(旧名称・国鉄千葉動力車労働組合、以下「動労千葉」という。)などがある。

2(一)  原告勅使河原勇(以下「原告勅使河原」という。)は、昭和一三年一一月一六日生で、昭和三二年一二月に臨時雇用員として国鉄に入社し、その後、試用員を経て職員として採用されたもので、稲沢第二機関区(その後、組織変更により、稲沢第一機関区を含めて稲沢機関区と改称)において勤務し、昭和三五年五月に電気機関助士、昭和五一年六月に電気機関士となって、貨物列車の運転業務に従事し、国鉄の分割民営化による被告の設立時に被告に採用され、平成五年一一月に満五五歳に達した後も、従前同様、稲沢機関区の運転士として貨物列車の運転業務に従事していたところ、平成一〇年一一月末日をもって定年退職した。(争いがない事実及び<証拠・人証略>)

(二)  原告外山宏行(以下「原告外山」という。)は、昭和一四年六月一三日生で、昭和三三年一〇月に臨時雇用員として国鉄に入社し、その後、試用員を経て職員として採用されたもので、稲沢第一機関区において勤務し、昭和三六年に機関助士、昭和五二年一〇月に機関士となり、昭和六一年六月に電気機関士の資格も取得して、貨物列車の運転業務に従事し、国鉄の分割民営化による被告の設立時に被告に採用され、平成六年六月に満五五歳に達した後も、従前同様、稲沢機関区の運転士として貨物列車の運転業務に従事していたところ、平成一一年六月末日をもって定年退職した。(争いのない事実及び<証拠・人証略>)

(三)  原告奥村富保(以下「原告奥村」という。)は、昭和一四年五月二二日生で、昭和三三年四月に臨時雇用員として国鉄に入社し、その後、試用員を経て職員として採用されたもので、稲沢第一機関区において勤務し、昭和三五年七月に機関助士、昭和四六年九月に機関士となり、昭和六一年六月に電気機関士の資格も取得して、貨物列車の運転業務に従事し、国鉄の分割民営化による被告の設立時に被告に採用され、平成六年五月に満五五歳に達した後も、従前同様、稲沢機関区の運転士として貨物列車の運転業務に従事していたものの、平成八年四月二二日付で名古屋貨物開発株式会社に出向し、平成一一年五月末日をもって定年退職した。(争いのない事実及び<証拠・人証略>)

(四)  原告木下一彦(以下「原告木下」という。)は、昭和一七年一月二〇日生で、昭和三五年一一月に国鉄に入社し、稲沢第二機関区において勤務し、昭和三七年六月に電気機関助士、昭和五三年六月に電気機関士となって、貨物列車の運転業務に従事し、国鉄の分割民営化による被告の設立時に被告に採用され、平成九年一月に満五五歳に達した後も、従前同様、稲沢機関区の運転士として貨物列車の運転業務に従事している。(争いがない。)

(五)  原告らは、昭和四九年四月に全動労が結成された当時に同組合に加入して現在に至っており、それぞれ同組合において役員を歴任している。(<証拠・人証略>)

3  被告において、昭和六二年四月一日の設立時から施行された就業規則(以下「旧就業規則」という。)には、本則の四五条一項において、「社員の定年は六〇歳とする。」との定めがあり、附則四項により、「四五条一項の規定にかかわらず、定年は、当面五五歳とし、経営の状況等を勘案して逐次六〇歳に移行するものとする。」と定められていた。(争いがない。)

4  被告は、平成二年三月、旧就業規則の附則四項を削除し、満六〇歳定年制を同年四月一日から実施することとし、これに併せて、「六〇歳定年実施に伴う社員規程」を制定、施行し、<1>満五五歳に到達した社員は原則として出向するものとする、<2>満五五歳に到達した社員の基本給月額は、五五歳到達月における基本給月額の六五パーセントとし、満五五歳到達時に退職手当を受給した社員の基本給月額は、五五歳到達月における基本給月額の五五パーセントとする、<3>ベースアップは実施するが、定期昇給は実施せず、昇職・昇格も実施しないものとする、<4>都市手当に替えて地域手当を支給することなどを定め(以下、平成二年三月改定後の就業規則を「新就業規則」と、その改定を「本件就業規則の変更」という。)、同年四月一日からこれらを施行した。(争いがない。)

また、被告は、平成四年四月一日、新就業規則を改定し、右基本給月額の支給割合を、それぞれ七〇パーセントと六〇パーセントに引き上げた。(争いがない。)

5  原告らは、本件就業規則の変更は無効であり、五五歳到達後においても、基本給が減額されることはなく、かつ、定期昇給も認められるはずであるとし、原告勅使河原の平成五年一二月から平成一〇年一二月までの間における新就業規則の適用による賃金減額分は、別紙原告勅使河原の計算明細表<略>その<1>ないし<3>記載のとおり合計八八七万八〇六六円(八八七万八〇三九円とあるのは誤記と認める。)であり、原告外山の平成六年七月から平成一一年六月までの間における新就業規則の適用による賃金減額分は、別紙原告外山の計算明細表<略>その<1>ないし<3>記載のとおり合計八五三万〇三二八円であり、原告奥村の平成六年六月から平成一一年六月までの間における新就業規則の適用による賃金減額分は、別紙原告奥村の計算明細表<略>その<1>ないし<3>記載のとおり合計九〇八万七三七五円(九二〇万一一二九円とあるのは誤記と認める。)であり、原告木下の平成九年二月から平成一一年九月までの間における新就業規則の適用による賃金減額分は、別紙原告木下の計算明細表<略>その<1>、<2>記載のとおり合計四一六万〇二〇七円であるとして、それぞれ前記「第一 請求」記載の各金員の支払を求めている。

二  本件の争点

1  本件就業規則の変更が不利益変更に当たるもので、かつ、その変更に合理性がないとして、違法なものと言えるか。

(一) 被告は国鉄における労働契約関係を承継したか。

(二) 被告設立時の五五歳定年制は違法無効なものか。

(三) 本件就業規則の変更が不利益変更に当たるか。

(四) 本件就業規則の変更が合理性を有するものか。

2  本件就業規則の変更が、年齢による不合理な差別であるとして、違法なものと言えるか。

3  本件就業規則の変更が、同一労働同一賃金の原則に違反するとして、違法なものと言えるか。

三  争点1についての当事者の主張<略>

四  争点2についての当事者の主張<略>

五  争点3についての当事者の主張<略>

第三争点に対する判断

一  五五歳定年制(旧就業規則附則四項)の有効性について(その1)

1  証拠(<証拠略>、弁論の全趣旨)によれば、国鉄には、定年退職制度はなく、労使慣行及び労使協定により、退職勧奨の制度があったこと、右退職勧奨制度は、年齢満五〇歳以上又は勤続三〇年以上の職員が対象とされ、最終退職勧奨年齢までの間に退職した者には、退職日に特別昇給の発令がされ、退職手当が割増される優遇措置があり、退職勧奨に応じることなく最終退職勧奨年齢を経過して勤務を継続する者には、以後、基本賃金の改定、昇給、昇格及び昇職がなくなるとともに、転職を命ぜられる場合があるというものであり、ほとんどの職員は最終退職勧奨年齢までに退職していたこと、最終退職勧奨年齢は、昭和四八年度までは満五五歳、昭和四九年度から昭和五一年度までは満五七歳、昭和五二年度から昭和五五年度までは満五八歳、昭和五六年度以降、昭和五六年度末時点で満五五歳以上の者について満五八歳、昭和五七年度末時点で満五五歳以下の者について満六〇歳とされており、五五歳から五七歳までの者についても、年二号俸の定期昇給(五四歳までの定期昇給の半分)が実施されていたことが認められる。

2  原告らは、国鉄とその職員との間の労働契約に基づく権利義務関係を被告が承継した旨主張するので検討する。

(一) 改革法の趣旨

改革法は、国鉄による鉄道事業その他の事業の経営が破綻し、公共企業体による全国一元的経営体制の下においては、その事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難になっている事態に対処して、これらの事業に関し、輸送需要の動向に的確に対応し得る新たな経営体制を実現し、その下においてわが国の基幹的輸送機関として果たすべき機能を効率的に発揮させることが、国民生活及び国民経済の安定及び向上を図る上で緊急な課題であることにかんがみ、これに即応した効率的な経営体制を確立するため制定されたものであり(一条)、経営形態の抜本的な改革として、旅客鉄道事業については、その経営を分割するとともに、経営組織を株式会社とし(六条一項)、その旅客会社として、北海道、東日本、東海、西日本、四国及び九州の六旅客鉄道株式会社を設立し、同法の定める地方において国鉄が経営している旅客鉄道事業を当該旅客会社に引き継がせることとし(六条二項)、貨物鉄道事業については、主として長距離の輸送及び大量の輸送の分野において果たすべき役割にかんがみ、一体的かつ適正な経営管理体制の下において貨物輸送需要の動向に的確に対応した効率的な輸送が提供されるよう、その経営を旅客鉄道事業と分離するとともに、その事業が明確な経営責任の下において自主的に運営されるよう、その経営組織を株式会社とすることとし(八条一項)、その貨物会社として被告が設立され、国鉄が経営している貨物鉄道事業を被告に引き継がせることとした(八条二項)。

(二) 改革法は、国鉄から新事業体である各株式会社(以下「承継法人」という。)への事業の引継ぎと権利義務の承継について、概略、次のとおり規定している。

(1) 運輸大臣は、国鉄の事業の引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画を定め(一九条一項)、国鉄に対し、各承継法人ごとに、その事業の引継ぎ並びに権利及び義務の承継に関する実施計画を作成すべきことを指示し(一九条三項)、国鉄は、右指示があったときは、基本計画に従い実施計画を作成し、運輸大臣の認可を受けるものとされた(以下、右認可を受けた実施計画を「承継計画」という。)(一九条五項)。

「基本計画」において定められる事項は、<1>承継法人に引き継がせる事業等の種類及び範囲に関する基本的な事項、<2>承継法人に承継させる資産、債務並びにその他の権利及び義務に関する基本的な事項、<3>国鉄の職員のうち、承継法人の職員となるものの総数及び承継法人ごとの数、<4>その他、承継法人への事業等の適性(ママ)かつ円滑な引継ぎに関する基本的な事項であり(一九条二項)、「実施計画」に記載される事項は、<1>当該承継法人に引き継がせる事業等の種類及び範囲、<2>当該承継法人に承継させる資産、<3>当該承継法人に承継させる国鉄長期債務その他の債務、<4>当該承継法人に承継させる権利及び義務、<5>当該承継法人への事業等の引継ぎに関し必要な事項である(一九条四項)。

(2) 承継計画において定められた国鉄の事業等は、承継法人の成立の時において、それぞれ承継法人に引き継がれるものとし(二一条)、承継法人は、それぞれ、その成立の時において、国鉄の権利義務のうち承継計画において定められたものを、承継計画において定めるところに従い承継する(二二条)。

(3) 国は、国鉄が承継法人に事業等を引き継いだときは、国鉄を清算事業団に移行させ、承継法人に承継されない資産、債務等を処理するための業務等を行わせるほか、臨時に、その職員の再就職の促進を図るための業務を行わせる(一五条)。

(4) 承継法人の職員は、設立委員等が国鉄を通じ、その職員に対し、それぞれの承継法人の労働条件及び職員の採用の基準を提示して、募集を行い(二三条一項)、国鉄は、各承継法人から労働条件及び職員の採用の基準の提示を受けて、承継法人の職員になることに関する国鉄職員の意思を確認し、承継法人別に、その職員となる意思を表示した者の中から当該承継法人の採用基準に従い、その職員となるべき者を選定し、その名簿を作成して設立委員等に提出し(二三条二項)、右名簿に記載された国鉄職員のうち、設立委員等から採用する旨の通知を受けた者であって、日本国有鉄道法及び同法施行法が廃止された際、現に国鉄の職員であるものは、承継法人の成立の時において、当該承継法人の職員として採用される(二三条三項)。

(5) 承継法人が提示する労働条件の内容となるべき事項、その提示の方法、承継法人の職員となることに関する意思確認の方法など、承継法人の職員の採用に関し必要な事項は、運輸省令で定め(二三条四項)、その職員の採用について、当該承継法人の設立委員がした行為及び当該承継法人の設立委員に対してなされた行為は、それぞれ、当該承継法人がした行為及び当該承継法人になされた行為とし(二三条五項)、国鉄の職員が承継法人の職員となる場合には、その者に対しては、国家公務員等退職手当法(昭和二八年法律第一八二号)に基づく退職手当を支給しないものとする一方(二三条六項)、その者が承継法人を退職するに際し、退職手当を支給しようとするときは、その者の国鉄職員としての引き続いた在職期間を、当該承継法人の職員としての在職期間とみなして取り扱うべきものとしている(二三条七項)。

(三) 改革法施行規則は、改革法二三条一項により提示する「労働条件の内容となるべき事項」を、<1>就業の場所及び従事すべき業務に関する事項、<2>始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに職員を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項、<3>賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項、<4>退職に関する事項、<5>退職手当その他の手当、賞与及び最低賃金額に関する事項、<6>職員に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項、<7>安全及び衛生に関する事項、<8>職業訓練に関する事項、<9>災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項、<10>表彰及び制裁に関する事項、<11>休職に関する事項と定め、このうち、<5>から<11>までの各事項は、設立委員等がこれらに関する定めをしない場合には、定めることを要しないものとし(九条)、「提示の方法」については、それぞれの承継法人の職員の労働条件及び職員の採用の基準を記載した書面を、国鉄の各作業場の見やすい場所に常時掲示し、若しくは備え付け、又は国鉄の職員に交付することにより行うものとし(一〇条)、「職員の意思の確認の方法」は、書面により行うものとしている(一一条)。

(四) そして、昭和六二年四月一日、承継法人が成立し(JR会社法附則九条、改革法附則一項、二項)、同時に国鉄の権利義務のうち承継計画に定められたものが承継法人に承継される(二二条)とともに、国鉄は清算事業団となり(附則一項、二項、清算事業団法附則二条)、承継法人に承継されない国鉄の権利義務は、清算事業団に帰属することとなった(改革法一五条、清算事業団法一条)。

(五) 以上の改革法及び同法施行規則の各規定を、総合的、合理的に解釈すれば、改革法は、国鉄と国鉄職員との労働契約関係を承継法人に承継させることなく、承継法人の職員については、各承継法人の設立委員等が国鉄を通じて新規に募集して採用することとしたものであり、承継法人と承継法人に新規に採用された職員との労働契約関係は、国鉄を通じて各承継法人の設立委員が提示した労働条件がその新たな契約内容となるものと解するのが相当である。すなわち、国鉄改革においては、国鉄の経営破綻を受け、国鉄の抱える膨大な余剰人員の可及的解消を図るため、法律によって国鉄と国鉄職員との労働契約関係は承継法人に承継させないものとし、かつ、承継法人の経営の自律性と安定化を図るため、承継法人とこれに採用される職員との間に新たな労働契約関係を創設することにしたものと解されるものである。

したがって、国鉄時代の労働契約関係を被告が承継した旨の原告らの主張は、理由がないというべきである。

3  そして、証拠(<証拠略>、弁論の全趣旨)によれば、原告らは、被告の職員として採用される際に、書面で明示されていた五五歳定年制を承認していたことが認められる。

なお、原告らは、右の承認は解雇の圧力によって強制されたものであり、法的に自由意思による有効な合意があったとはいえない旨主張しているが、原告らは被告に新規採用されたものであり、原告らの自由意思に基づいて被告に応募したものであるから、原告らの右主張は採用できない。

そうすると、旧就業規則の五五歳定年制は国鉄時代の労働契約関係を不利益に変更したもので無効である旨の原告らの主張は、理由がないというべきである。

二  五五歳定年制(旧就業規則附則四項)の有効性について(その2)

1  原告らは、五五歳定年制(旧就業規則附則四項)が公序良俗に反し無効であった旨主張するので検討するに、証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告の昭和六二年四月一日の設立時における職員の採用手続は、改革法及び同法施行規則の各規定に従って行われており、被告の設立委員等は、他の承継法人の設立委員等と共同で、「北海道旅客鉄道株式会社、東日本旅客鉄道株式会社、西日本旅客鉄道株式会社、東海旅客鉄道株式会社、四国旅客鉄道株式会社、九州旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社の職員の労働条件」と題する書面を作成し、国鉄を通じ、国鉄の全職員に対して右書面を交付することにより、労働条件及び採用条件を提示して職員の募集を行ったものであり、被告の職員となる意思を表示した者の中から職員となるべき者として国鉄が選定した者の名簿から、被告の職員を採用したものである。(<証拠略>、弁論の全趣旨)

国鉄職員に提示された被告の労働条件は、全一四項目で構成されているところ、八項に「退職及び解雇」に関する規定があり、「定年に達した場合(定年は六〇歳とします。ただし、当面は五五歳とし、経営の状況等を勘案して逐次六〇歳に移行するものとします。)」は退職となる旨記載されていた。(<証拠略>)

(二) 被告が昭和六二年四月一日の設立時から施行した旧就業規則において、本則の四五条一項で「社員の定年は六〇歳とする。」と定めながら、附則四項で「四五条一項の規定にかかわらず、定年は、当面五五歳とし、逐次六〇歳に移行する。」と規定し、六〇歳定年制の実施を延期し、当面の暫定措置として五五歳定年制を採用したのは、被告における人件費支出を抑制し、経営の合理化に資するようにするためであり、こうした五五歳定年制は、国鉄から旅客鉄道事業を引き継いだ六旅客鉄道株式会社においても同様に採用されたものであった。(<証拠略>、弁論の全趣旨)

国鉄の累積債務は、昭和六〇年度末には二三兆円を突破し、同年度の予算で二兆五〇〇〇億円の借入をしても、債務返済額が年間で二兆三〇〇〇億円に及ぶという事態となっていたもので、国鉄の分割民営化は、国鉄の経営が財政的に破綻したことを受けて、その経営体制を抜本的に改革し、独立採算可能な事業体制を確立し、コストの削減とニーズに即応した効率的なサービスの提供などにより生産性を私鉄並みに高め、鉄道事業を安定的に経営できるようにするために行われたものであり、国鉄から貨物鉄道事業を引き継いだ被告においては、国鉄における経営の失敗を繰り返すことのないよう最大限の経営努力を行うことが、国民生活及び国民経済の安定及び向上を図る上での緊急の課題として社会的にも要請されていたものであった。(<証拠略>)

特に、国鉄による貨物鉄道事業は、かつては国内貨物輸送の主要部分を担っていたところ、昭和三〇年代以降の高度経済成長期を経て、産業立地や産業構造の変化に伴い、トラック、内航海運等、他の交通機関との激しい競争に敗れ、輸送量及びシェアの著しい衰退を招き、昭和四〇年前後の二億トン程度の輸送量に対し、昭和五九年度には約七五〇〇トンに減少し、国内物流に占めるシェアが輸送トンキロで六パーセントにまで低下するなど、国内物流における基幹的交通機関としての地位を失うに至っていたもので、被告においては、国内物流における貨物鉄道事業の競争力を高めるために、経営体制、輸送システム等についての抜本的改革を行うことにより、大量輸送、長距離輸送の特性を発揮し、物流ニーズに即応した輸送サービスを提供できるような輸送システムを構築するとともに、経営の合理化を徹底し、要員や経費について一層の削減を図ることが求められていた。(<証拠略>)

(三) 昭和六一年一〇月には、中高齢者等の雇用の促進に関する特別措置法(昭和四六年法律第六八号)が抜本的に改正され、高齢者雇用安定法(「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(昭和六一年法律第四三号))となり、定年を定める場合の年齢について、「事業主は、その雇用する労働者の定年の定めをする場合には、当該定年が六〇歳を下回らないように努めるものとする。」(四条)とされ、六〇歳を下回る定年を定めている事業主に対しては、労働大臣において、「政令で定める基準に従い、六〇歳を下回る定年を定めることについて特段の事情がないものと認めるものに対し、当該定年を六〇歳以上に引き上げるように要請することができる。」と規定された。

(四) 労働大臣官房政策調査部発行の平成三年版「雇用管理調査報告」によると、定年制を定めている企業のうち、五五歳以下の定年制を定めているものは、昭和六二年度において二三・三パーセント存在し、平成二年度においても一九・八パーセント存在していた。(<証拠略>)

2  以上からすると、被告の設立時である昭和六二年四月一日当時においては、なるほど、昭和六一年に改正された高齢者雇用安定法により、事業主は、労働者の定年の定めをする場合、六〇歳を下回らないよう努めるべき義務を負っていたものとはいえ、当時の社会状況に照らせば、労働者の定年を定める場合に、その年齢を六〇歳以上とすべきことがわが国において公序として確立していたものとは認めるに足りないものである上、右認定事実からすると、国鉄から貨物鉄道事業を引き継いだ被告においては、その貨物鉄道事業を再建し、他の交通機関との競争力を高めるためには、人件費等の経費支出を抑制することにより、経営の合理化を行うことが緊急の課題として要請されていたことが認められ、被告においてその設立時に当面の暫定措置として五五歳定年制を定めたことについては、特段の事情があったものということができるのであり、旧就業規則附則四項で定めた五五歳定年制が公序良俗に反し無効である旨の原告らの主張は採用できないものである。

三  本件就業規則の変更の合理性について

1  証拠によれば、次の各事実が認められる。

(一) 被告の設立後、わが国においては、次第に六〇歳定年制を採用する民営企業が増えてきていたところ、年金法の改正により、平成二年四月一日から、被告の従業員が加入する日本鉄道共済組合の退職共済年金の支給開始年齢が従来の五八歳から六〇歳と引上げになり、かつ、従来四八歳から認められていた減額支給も原則として廃止されることになった。(<証拠略>、弁論の全趣旨)

なお、全動労は、被告の設立当初から、被告との団体交渉において、六〇歳定年制の実施を要求していた。(<証拠・人証略>)

(二) 被告は、右年金法の改正により、五五歳から六〇歳までの五年間について雇用を確保することが必要になると判断し、平成二年四月一日以降定年を六〇歳に延長することとし、雇用を延長する五年間の労働条件をどのようにするかについて具体的検討を開始し、平成元年一二月二二日ころまでに、次のとおり、一応の方針をまとめた。(<証拠略>)

(1) 実施時期

平成二年度から退職年齢を六〇歳とする。

(2) 実施内容

ア 退職金支給額

五五歳時の退職金とする。

イ 退職金支給時期

六〇歳退職時を原則とする。ただし、本人の希望により五五歳時に支給することもできる。

ウ 五三歳以上の給与

(ア) 基本給

五五歳時基本給の○○パーセントとし、地域により、JR各社の動向等を考慮し、地域割増を考える。

なお、五五歳時で退職金の支給を受けた従業員については、六〇歳時退職金支給者との均衡を図る。

(イ) 都市手当

地域割増に替える。

(ウ) その他手当

従来どおりとする。

(エ) 昇給・昇職・昇格

実施しない。

(オ) ベースアップ

物価変動等を考慮し、調整する。

エ 職務

当面、原則出向とする。

(3) その他

五〇歳以上の賃金については、賃金体系を含め、見直しを図る。

(三) 被告は、平成元年一二月二二日、右方針を記載した「定年延長に関する現段階の会社の考え方」と題する書面(<証拠略>)をもとに、原告らが所属する全動労との勉強会を開催し、定年延長についての被告の考え方を説明した。(<証拠・人証略>)

(四) 被告は、全動労を除くその余の労働組合には平成二年一月三一日、全動労には同年二月一日、それぞれ次の内容を骨子とする提案(以下「本件提案」という。)を行い、協議を開始した。(<証拠略>)

(1) 定年を満六〇歳とする。

(2) 在職条件

満五五歳に到達した日の属する月の翌月一日以降の社員の在職条件は、次のとおりとする。

<1> 人事上の取扱い

ア 五五歳到達月の翌月一日付をもって原則として出向するものとする。ただし、会社の必要により出向としない場合がある。

(ア) 出向期間は原則として退職日までとする。

(イ) 賃金は被告から支給する。

イ 昇進(昇職・昇格)は行わない。

<2> 賃金上の取扱い

ア 五五歳到達月の翌月一日以降の基本給月額は、五五歳到達月の基本給月額の六五パーセントとする(一〇〇円単位に切上げ)。

イ 都市手当に替えて地域手当を支給する。

ウ 定期昇給は実施しない。

エ ベースアップは実施する。

オ その他の手当は支給する。

(3) 退職の取扱い

五五歳到達月の末日以降定年年齢までに退職する社員の取扱いは次のとおりとする。

<1> 整理退職とする(本人の非違による場合を除く。)。

<2> 退職手当算定基礎給は、五五歳到達月における基本給月額に退職時の特別昇給を加えた額から、その者の第二基本給を減じた額とする。

<3> 勤続期間の計算は退職日までとする。

<4> 退職手当の支給は、退職時を原則とする。ただし、本人の希望により五五歳到達月の末日に支給することができる。この場合の取扱いは別に定める。

(4) 早期退職者の特例

定年前早期退職者に対する退職手当に係る特例を次のとおり変更する。

<1> 整理退職とする(本人の非違による場合を除く。)。

<2> 対象者

平成二年四月一日現在四三歳以上五四歳以下の社員

<3> 退職手当算定基礎給の割増率

五四歳四パーセント、五三歳八パーセント、五二歳一二パーセント、五一歳一六パーセント、五〇歳以下二〇パーセント

(5) その他

賃金体系を含め、五年以内に見直しを検討する。

(五) 全動労は、被告からの本件提案に先立つ平成二年一月三〇日と三一日の二日間にわたって開催した第二六回定期中央委員会において、既に被告以外のJR各社から出されていた六〇歳定年制の実施に伴う五五歳原則出向・賃金減額の提案に対し、労使協定を締結することなく闘う方針を確認し、被告に対しては、同年二月五日、本件提案に反対であり、六〇歳定年の実施に伴う賃金の引下げを行わないこと、五五歳以上の者についても定期昇給・昇進を引き続き行うこと、退職手当算定基礎給の計算における第二基本給制度を廃止すること、出向を前提とした定年延長を行わず、職場・職域を確保することの四点を実現するよう申入れをした。(<証拠・人証略>)

被告は、全動労からの右申入れに対し、同月一三日、文書により、次の内容を骨子とする回答をした。(<証拠・人証略>)

(1) 賃金引下げについて

定年延長を実施する場合、賃金カーブのダウン、上昇鈍化等の賃金体系の見直しを行うケースが非常に多いこと、被告の従業員の平均年齢は四二歳と高く、現段階で定年延長を行うことは経営上非常に厳しい問題であることから、三五パーセントの減額をすることにした。なお、年齢別による保障基本給を考慮し、二〇万円の最低保障給を設定する(ただし、勤続二五年未満の者を除き、五五歳時に退職金の支給を受けた者は一八万円とする。)。

(2) 定期昇給・昇進を行わないことについて

現在の賃金体系は、年齢が高くなることによる生計費の上昇、勤続年数の伸び等から年功給的な要素が非常に高くなっているが、生涯における生計カーブは一定の年齢からダウンすることから、年功的な部分は五五歳で止め、ベアは実施することにした。また、従業員の活性化等から、昇進は行わないことにした。

(3) 第二基本給制度について

廃止は考えていない。

(4) 原則出向の扱いについて

被告における従業員の年齢構成を考えた場合、新陳代謝により企業の人的資源の継続性を図ることは是非必要であり、そのために出向を考えざるを得ない。被告は責任をもって出向先を確保し、当面基本的に全員出向するものとする。

(5) 五五歳時に退職手当の支給を受ける場合について

この場合、五五歳到達月の翌月からの基本給月額は、五五歳到達月の基本給月額の五五パーセントとする。

(6) 五六歳から六〇歳までの間に退職して退職手当の支給を受ける場合について

退職時の年齢と勤続年数に応じて一定の場合退職加算金を支給する。

(六) 被告は、平成二年二月二三日までに、各労働組合との協議を経て、本件提案に、(1)五五歳時に退職手当の支給を受けた者については、五五歳到達月の翌月一日以降の基本給月額を五五歳到達月の基本給月額の五五パーセントとし、五五歳以上の勤続一年につき一〇万円の退職慰労金を退職時に支給すること、(2)五五歳以上の者のうち、勤続二五年以上の最低保障基本給を二〇万円とし、二五年未満については一八万円とすること、(3)五五歳以上の者のうち、会社の必要により出向しない場合で特に指定された者については職務手当として五〇〇〇円を支給すること、(4)五六歳から六〇歳までの間に退職して退職手当の支給を受ける者に対しては、退職時の年齢と勤続年数に応じて一定の場合に退職加算金を支給すること、(5)満五五歳に到達する者には、リフレッシュのため三日間の特別休暇を付与し、奨励金として一〇万円を支給することなどの内容を付加して、本件就業規則の変更を再提案し(以下「本件修正提案」という。)、同日、JR貨物、貨物鉄産労の二組合との間で、本件就業規則の変更を内容とする労使協定を締結した。(<証拠・人証略>)

被告には、労働組合が八組合あるところ、五〇名以上の組合員を要(ママ)する組合は五組合あり、このうち、本件就業規則の変更を内容とする労使協定の締結に応じたのは、右のJR貨物労組と貨物鉄産労の二組合であったが、両組合に加入する組合員は、平成八年四月一日現在で合計八四五二名であり、同時点の従業員総数一万一八六四名の七割を超えているところ(管理職及び非組合員指定者を除けば約七割五分を占めている。)、被告従業員の組合別人数は、平成二年四月一日時点においてもほぼ同様の割合であった。(<証拠略>、弁論の全趣旨)

(七) 被告は、全動労との間で、平成二年二月一三日を第一回とし、同月二一日、同月二三日、同年三月一三日の合計四回にわたって団体交渉を行ったものの、全動労が本件修正提案に応じる姿勢を示さず、これに沿った労使協定の締結を拒否したことから、団体交渉を打ち切るに至った。(<証拠・人証略>)

なお、全動労は、他のJR各社とも同様の団体交渉を行っているところ、被告とJR北海道を除く、他のJR五社との間ではそれぞれ六〇歳定年制の実施に伴う定年延長者の労働条件について労使協定を締結しており、このうち、JR四国、JR九州の二社との協定内容は、被告の本件修正提案とほぼ同程度のものであった。被告と他のJR六社は、六〇歳定年制の実施に伴う定年延長者の労働条件とともに、定年前退職について割増退職金を支払う制度を各労働組合に提案していたところ、被告とJR北海道の二社は、定年延長者の労働条件について労使協定の締結を拒否した組合の組合員に対しても、定年前退職について割増退職金を支払う制度を適用する方針を示していたが、他のJR五社は、労使協定の締結を拒否した組合の組合員に対しては、これを適用しない方針を示していたものであった。(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)

(八) 被告は、平成二年三月中に、本件修正提案に沿って「六〇歳定年実施に伴う社員規程」を制定し、同年四月一日から、これを施行し、同時に旧就業規則附則四項を削除した。(<証拠略>)

ところで、他のJR各社においても、平成二年度から六〇歳定年制を実施しているところ、五五歳到達者の労働条件は次のとおり<表1。編集上、作表。以下同じ>定められたもので、被告における労働条件は、JR東日本、JR東海、JR西日本より劣るものの、JR四国、JR九州とほぼ同等で、JR北海道よりはよいものであった。なお、「準あり」とは、準じた制度があることを示す。(<証拠・人証略>)

(九)(1) 被告の昭和六二年度から平成元年度までの経営成績は、次のとおりであり<表2>、いわゆるバブル経済による好景気に支えられて営業収入は伸びているものの、営業費の上昇も大きく、経常利益及び当期利益はいずれも昭和六三年度をピークにして減少傾向にあり、これを旅客会社である他のJR各社と比較すると、営業損失の出ているJR北海道、JR四国、JR九州よりは多少いいとはいうものの、JR東日本、JR東海、JR西日本よりはかなり劣っており、経営の安定化のためにはなお相当の経営努力が求められる状態にあった。(<証拠略>)

<表1>

<省略>

<表2>

<省略>

(2) 被告では、設立当時から、売上高に対する人件費の比率が高く、平成元年度には四一・四パーセントに達しており、JR東日本二八・七パーセント、JR東海一三・九パーセントと比較しても格段に高率であり、人件費率の高さが経営の安定化を阻害する要因の一つとなっていた。なお、同年度における主要企業の人件費率を見ると、全産業平均では約七パーセントであり、運輸業では平均約二四パーセントであった。(<証拠略>)

(3) 被告においては、設立当時は余力人員はいなかったものの、その後の業務効率化の努力により、平成二年四月当時には約二五〇人の余力人員を生じ、そのほとんどを出向させていた。(<証拠・人証略>)

被告の平成二年四月一日時点の従業員の年齢構成は、平均四二歳と高齢であったため、六〇歳定年制の実施により数年後には人件費の増大が予想されたことから、被告においては、平成二年度からの六〇歳定年制の実施に当たり、人件費の増大が経営に及ぼす影響度について検討したところ、新規採用者を平成二年度大卒者五〇名、平成三年度以降大卒者五〇名、高卒者一五〇名、退職金の支給につき五五歳時受給者六〇パーセント、六〇歳時受給者四〇パーセント、賃上げ率年五パーセント(定期昇給二パーセント、ベースアップ三パーセント、ただし、五五歳到達者はベースアップのみ)と想定した場合、従業員数が増えることから、余力人員の増大を招くことになるばかりでなく、五五歳到達者の人件費は、基本給を五五歳到達月の一〇〇パーセント支給としたとき(ケース2)には、平成五年度は一〇五億円、平成一二年度は三八二億円に達し、基本給を本件就業規則の変更と同じにしたとき(ケース1)においても、平成五年度は六二億円、平成一二年度は二二五億円に達する試算となるもので、退職手当の支給が先送りになる分があるため人件費は一時的に抑制されるものの、長期的に見れば、相当の純増を招くもので、新規採用者の人件費を除いても、ケース2では平成三年度から、ケース1でも平成四年度から負担増になるものであり、被告の営業成績などに照らすと、その負担は相当に重く、厳しい経営状況にあった。(<証拠・人証略>)

なお、原告らは、定年延長をしなかった場合は、定年退職者の人数分の新規採用者が必要になるとして将来の人件費を独自に試算しているが、被告においては、運転士については要員不足をきたしていたものの、運転士は被告の従業員の約二五パーセントにすぎず、平成二年四月当時は約二五〇名の余力人員が存在していたのであるから(<証拠略>)、定年退職者の数だけ新規採用をしなければならないものではない。したがって、原告らの右試算結果は採用することができない。

(一〇) 労働大臣官房政策調査部による平成三年の雇用管理調査報告(退職管理)によると、過去一年間に定年を延長した企業について、定年延長後における労働条件の変化を見ると、週所定労働時間、仕事の内容が「変わらない」とする企業がいずれも九割前後、役職、資格、賃金が「変わらない」とする企業がいずれも七割前後あるが、賃金が「下がる」とする企業も四分の一程度あり、企業規模が五〇〇〇人以上の場合は、七割近くの企業が賃金が「下がる」としており、同規模の企業で賃金の減額割合を見ると、一〇パーセント以上二〇パーセント未満が約三六パーセント、二〇パーセント以上三〇パーセント未満が約一八パーセント、三〇パーセント以上が約三六パーセントとなっていた。また、定期昇給については、「変わらない」とする企業が約四割、「少なくなる」とする企業が四分の一程度、「ない」とする企業が約二割(五〇〇〇人以上の企業規模では六割近くに達している。)であり、ベースアップについては、「変わらない」とする企業が約五割、「少なくなる」とする企業が約二割、「ない」とする企業が約一割であった。(<証拠・人証略>)

(一一)(1) 被告は、平成二年度は、五五歳到達者は原則として出向するとの規定に従い、運転士についても出向させていたところ、運転士については一部地域で要員不足のおそれがあったことから、平成三年六月からは、五五歳以上の運転士に対し、本人の意思を確認し、乗務を希望する者については、原則として二年間運転業務を継続させることに取扱いを変更した。そのため、五五歳に到達した運転士のうち、約七割の者が運転業務を継続するようになった。(<証拠・人証略>)

(2) 被告は、平成四年四月一日から、五五歳到達者の基本給月額を五五歳到達月における基本給月額の七〇パーセントに、五五歳時に退職手当の支給を受けた者については六〇パーセントに、それぞれ五パーセントずつ引き上げ、また、平成七年四月一日からは、地域手当の支給割合を平均で五パーセント引き上げるなど、少しずつ待遇改善を図っている。(<証拠・人証略>)

(3) 被告の平成二年度以降の売上高人件費率及び経営状況を見ると、平成二年度は、売上高人件費率三八・八パーセント、経常利益七四億円、当期利益二八億円、平成三年度は、売上高人件費率四一・三パーセント、経常利益一九億円、当期利益六億円、平成四年度は、売上高人件費率四一・七パーセント、経常利益二億円、当期利益一億円、平成五年度は、売上高人件費率四一・八パーセント、経常損失三八億円、当期損失二七億円、平成六年度は、売上高人件費率四三・七パーセント、経常損失八二億円、当期損失七六億円、平成七年度は、売上高人件費率四三・三パーセント、経常損失八九億円、当期利益七億円、平成八年度は、経常損失一〇六億円、当期利益一八億円であり、本件就業規則の変更により五五歳以上の職員の基本給が減額されたにもかかわらず、売上高人件費率は依然として四〇パーセント以上の高率であり、バブル経済崩壊後の長期不況により経営状況も悪化し、平成五年度以降は経常損益が損失を計上し、平成七年度及び平成八年度は一〇〇億円以上の資産売却益によりようやく当期損益で黒字決算になったものであった。(<証拠・人証略>)

(一二) 原告らの五五歳到達月までの一年間とその翌月からの一年間の各一年間に実際に支給された賃金を比較すると、次のとおりとなる。なお、原告勅使河原及び原告木下の定年延長後の基本給月額は、五五歳到達月の基本給月額の七〇パーセントであり、原告奥村及び原告外山は、五五歳で退職手当の支給を受けたため六〇パーセントである。(<証拠略>)

(1) 賃金のうち通勤手当を除く金額(基本給、都市手当、扶養手当、職務手当、住宅手当、超過勤務手当、祝日手当、夜勤手当、特殊勤務手当)に、夏季手当と年末手当を加えた支給額について

一年前(円)

一年後(円)

割合(%)

原告勅使河原

六八〇万〇三四七

五四四万三一七五

八〇・〇〇

原告木下

七七二万〇九〇〇

六一五万六八八八

七九・七四

原告奥村

七六五万二〇四五

五二九万四九三六

六九・二〇

原告外山

七六〇万八六三一

五一一万五五〇七

六七・二〇

(2) 賃金のうち通勤手当、超過勤務手当、祝日手当、夜勤手当、特殊勤務手当を除く金額(基本給、都市手当、扶養手当、職務手当、住宅手当)に、夏季手当と年末手当を加えた支給額について

一年前(円)

一年後(円)

割合(%)

原告勅使河原

六一〇万〇八五〇

四八一万七三六二

七九・〇〇

原告木下

六四二万二四四三

四九九万七八五七

七七・八二

原告奥村

六四七万五五三二

四三七万八一五七

六七・六〇

原告外山

六二九万〇三五三

四二六万三〇五二

六七・八〇

なお、平成八年度における被告の管理職を除く全従業員の平均基準内賃金は、月額三一万五八三一円であるが、同年度における資本金二〇億円以上、従業員一〇〇〇人以上の上場企業約二九〇社の同年度の平均基準内賃金は、三〇万五〇六六円となっている。(<証拠略>)

(一三) 原告らの五五歳以降の職務内容は、原告奥村を除く三名は、いずれも運転士として貨物列車の運転業務を継続し、このうち原告木下を除く二名は六〇歳定年で退職しているところ、五五歳以降の仕事内容は五四歳までのそれと実質的に差異のないものであった。原告奥村も、五五歳以降、貨物列車の運転業務を継続していたものの、医学適性検査の結果、同業務を継続することが困難となり、平成八年四月二二日付で名古屋貨物開発株式会社に出向して駐車場管理の業務に従事し、六〇歳定年で退職した。なお、貨物列車の運転業務は深夜勤務が多く、長大編成の列車を一人で運転しているため、非常な緊張とストレスを強いられるものであった。(<証拠・人証略>)

2  就業規則の不利益変更法理の適用の有無について

就業規則の不利益変更法理は、就業規則について使用者が労働者の同意を得ることなくその内容を不利益に変更することは原則として許されないが、他方、労働条件の統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質にかんがみ、当該就業規則の変更が合理的なものである場合には、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されるべきでないとの考えの下に、不利益変更の適法要件として、厳格な合理性判断基準による審査を要求するものであり、不利益な変更に該当するか否かは、労働者の既得の権利を侵奪するものか否かによって判断されるものである。

本件就業規則の変更においては、五五歳定年制を廃止して六〇歳定年制を実施するとともに、定年を延長された五五歳以上の労働者の労働条件について、基本給を減額し、昇給、昇進をなくすというものであり、従前、労働契約の対象となっていなかった五五歳以上の労働者について、労働条件を設定することは、形式的には、労働者の既得権を奪うようなものではなく、既存の労働条件の不利益変更には当たらないものである。

しかしながら、元来、労働条件は、労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものであり(労働基準法二条一項)、使用者が労働契約の内容について定型的に定めた就業規則が規範的効力を有するのは、当該就業規則の当該条項が当該労使関係において法的規範性を認められるだけの合理性を有していることによるものであり、合理性のない就業規則の条項は、そもそも労働契約の内容にはなり得ないものである上、定年の延長により新たな労働契約関係が創設されるわけではなく、従前の労働契約関係が契約期間を延長されることになるものであることを考慮すると、本件のように定年延長に伴って、従前労働契約の対象となっていなかった労働者について新たに労働条件を設定する場合も、その合理性判断の基準については幾分緩やかに解する必要があるとしても、就業規則の不利益変更の場合に準じた合理性が必要であると解するのが相当である。

特に、本件においては、六〇歳定年制は、被告設立時から就業規則の本則として規定されていたものであり、被告の経営が厳しい状況にあったことから、やむを得ない措置として、附則において、六〇歳定年制の実施を延期し、当面の暫定措置として五五歳定年制を施行したもので、経営状況等を勘案しながら六〇歳定年制に移行することは、本来の契約内容に含まれていたことであり、しかも、原告らのように、六〇歳定年制の実施と引換えに、五五歳以降の基本給月額が五五歳到達月の六五ないし五五パーセント(平成四年四月以降七〇ないし六〇パーセント)となる一方、従前と同等の労務の提供を求められるということは、実質的にみて、労働条件を不利益に変更するに等しい側面を有することは否定できないものというべきである。

したがって、本件就業規則の変更は、就業規則の不利益変更の場合に準じるものとして、これを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、その効力を生ずるものと解するのが相当である。

3  本件就業規則の変更の合理性

本件就業規則の変更により、定年年齢が五五歳から六〇歳まで延長されたことによって、五五歳を間近に控えた従業員にとっては、五五歳から六〇歳まで雇用の機会が確保されることになるのであるから、この利益はかなり大きなものである。

なるほど、五五歳以降の基本給月額が五五歳到達月の六五ないし五五パーセントにまで減額され、定期昇給もなくなるということは収入の相当な低下を招くものであり、五五歳に到達したからといって生計費が直ちに減少していくわけではなく、平均的家庭では、子女の結婚、住宅ローンの返済など、なお出費のかさむ時期と重なる場合も少なくないことなどに照らすと、従業員の家計に相当深刻な影響を与えるであろうことは否定することができない。まして、前述のとおり、六〇歳定年制は、被告設立時から被告の経営状況等を勘案しながらいずれ実施されることが約束されていたものであり、かつ、昭和六一年一〇月の高齢者雇用安定法の改正により、事業主においては定年が六〇歳を下回らないよう努めることが要請され、六〇歳定年制は平成二年四月当時においても社会の趨勢として次第に標準的なものになってきていた上、年金法の改正により、平成二年四月一日から、被告の従業員が加入する日本鉄道共済組合の退職共済年金の支給開始年齢も五八歳から六〇歳に引き上げられ、従来四八歳から認められていた減額支給も原則として廃止されることとなり、五五歳から六〇歳までの五年間の雇用の場を確保することが、社会的にも緊急の課題となっていたことなどからすると、平成二年四月一日から六〇歳定年制を実施することに高度の必要性があったことは明らかであるが、これと引換えに、賃金という労働者にとって重要な労働条件の引下げを行うことを直ちに正当化することはできないものである。

しかしながら、前記認定のとおり、被告は、国鉄の経営破綻を受けて、危機に瀕していた国鉄の事業のうち貨物鉄道事業を引き継いで、その事業を再建し、他の交通機関との競争力を高めるため、要員の削減を含む厳しい経営の合理化努力を行うことが緊急の課題として要請されていたもので、被告の設立時に六〇歳定年制の実施が延期され、当面の暫定措置として五五歳定年制が実施されたのも、その経営状況に照らせば、やむを得ないことであったもので、被告は、その設立後、経営の安定化のため、合理化努力を重ねてきたものの、平成二年四月当時においても、経営効率及び収益力がなお十分でなく、依然として厳しい経営環境にあったものであり、特に、被告における従業員の年齢構成は平均年齢が四二歳と高く、約二五〇名もの余力人員を抱えており、かつ、被告の財務内容における大きな問題点として、売上高に対する人件費の比率が著しく高く、これが経営を圧迫する要因の一つとなっており、定年を五五歳から六〇歳に延長することにより、長期的に更に人件費の負担増を招くことから、経営に深刻な影響を与えるおそれがあったことが認められるものである。

そして、年金法の改正等の事情により定年延長を迅速かつ円滑に導入する必要があったことからすると、被告において、従業員全体の賃金体系、賃金水準を抜本的に見直すことをせず、従前の定年である五五歳以上の従業員の労働条件のみを変更したことも、やむを得ないことといえるものである。また、本件就業規則の変更により、五五歳以降は昇職・昇進もなくなり、勤務場所についても、当初、原則として出向とする扱いになっていたものであるが、定年延長による人事の停滞等を抑えることは人材活用の活性化という見地からは経営上必要なことである上、被告においては、経営の合理化努力によって余力人員を多数抱えるようになっていたことからすると、このような扱いもやむを得ないことであったというべきである。

さらに、本件就業規則の変更の内容は、JR東日本、JR東海、JR西日本と比較すると、基本給の減額割合が一〇パーセントから二〇パーセント大きいものの、右JR三社の経営内容は比較的良好であり、被告において基本給の減額割合をこれらと同一水準にすることには無理があるところ、他のJR三社とは遜色のない労働条件となっている上、ほぼ同時期に六〇歳定年制を実施した民営企業の例を見ても、被告と同規模の企業では、定年延長後の賃金を三〇パーセント以上下げているところも相当割合見られるものであって、被告における労働条件が社会の趨勢から見て著しく劣っているとはいえないものである。

また、被告においては、五五歳以上の従業員には、五五歳までの都市手当に替えて地域手当を支給し、五五歳以降も運転業務を継続する者には、被告の特別の指定により職務手当が支給されるようになっているところ、これらによって手当の支給額は実質的に増額されており、基本給の減額による影響が幾分緩和されている上、平成四年四月一日からは、五五歳以上の基本給月額が五五歳到達月の基本給月額の七〇ないし六〇パーセントに増額され、平成七年四月一日からは、地域手当の支給割合が平均で五パーセント引き上げられるなどの改善措置が講じられている。こうした措置により、新就業規則が原告らに適用される段階では、五五歳到達月の翌月から一年間の賃金額(通勤手当を除く総支給額)をそれまでの一年間と比較すると、約八〇パーセント(五五歳時に退職手当の支給を受けた場合は約七〇パーセント)にまで改善されている。なお、本件就業規則の変更の際には、右減額割合等の労働条件を五年以内に見直す予定であったところ、長引く不況の影響により被告の経営内容がかえって悪化し、右の程度の改善しかできなかったものであることが窺われるところである。

加えて、本件就業規則の変更は、合計すると管理職を除く全従業員の約七五パーセントで組織されている二つの労働組合との間で労使協定を締結した上で行われているものであり、変更後の就業規則の内容は、労使間の利益調整がされた結果としての合理性を一応推測することができるものであり、その内容が統一的かつ画一的に処理すべき労働条件に係るものであることを考え併せると、被告において就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を肯定することができるというべきである。この点に関し、原告らの所属する労働組合とは、一か月半の間に四回の団体交渉が行われているところ、原告らは、本件就業規則の変更についての提案が実施のわずか二か月前になされ、四回の団体交渉とはいっても、労働組合の主張に耳を貸そうとすることなく、交渉を一方的に打ち切ったものである旨主張するが、六〇歳定年制の実施は、被告の経営状況が依然として厳しい中で、法改正により退職年金の支給開始年齢が平成二年四月一日から六〇歳に引き上げられることに伴って緊急に実現すべき課題になっていたもので、検討期間が短かったことにはやむを得ない事情がある上、原告らの所属する労働組合は当初から被告の提案に全面的に反対し、賃金の減額をしないとの条件でなければ労使協定に応じない強硬姿勢をとっていたものであり、実施時期を間近に控え、被告において交渉を打ち切ったことを一概に責めることはできないものである。原告らの所属する労働組合においては、被告のほか、JR北海道との間でも労使協定の締結を拒否しているが、他のJR各社とは労使協定を締結しており、JR四国、JR九州の二社については、被告の示した協定内容とほぼ同様のものであったもので、被告の示した協定内容についてのみ不合理と見るべき事情があるとは認め難いものである。

以上によれば、本件就業規則の変更は、五五歳以降、基本給が六五ないし五五パーセント(平成四年四月以降七〇ないし六〇パーセント)にわたって減額され、定期昇給もなくなることによる不利益はかなり大きく、従業員の家計に与える影響には深刻なものがあるとはいえ、六〇歳までの定年延長による利益も大きく、かつ、年金法の改正等の事情により六〇歳までの定年延長を即時に実施すべき高度の必要性があった一方、経営の破綻した国鉄から貨物鉄道事業を引き継いでわずか三年を経過したばかりで、なお厳しい経営環境の下にあった被告においては、経営の安定化を図りつつ、六〇歳定年制の円滑な導入を行うには、五五歳以上の労働者の賃金の引下げ等を行うについて、やむを得ない事情があったものであり、右のような五五歳以上の労働者への不利益を法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであったと認めるのが相当である。

原告らが主張する減額後の賃金と労働内容との対比、私鉄では五七歳到達時に賃金の減額がなされる会社でも、三五パーセントもの減額をするところはないこと、減額の対象となっているのが賃金の本質的部分である基本給であること等を考慮しても、右の判断を覆すに足りない。

四  年齢による差別的取扱いについて

原告らは、五五歳以降も従前と同一の運転業務に従事しているにもかかわらず、五五歳を境にして、基本給月額を五五歳到達月の基本給月額の六五ないし五五パーセント(平成四年四月以降七〇ないし六〇パーセント)に減額し、定期昇給を実施せず、昇職・昇格も実施しないとすることは、労働条件に関する不合理な年齢差別であり、法の下の平等を保障する憲法一四条一項に違反し、労働基準法三条及び高齢者雇用安定法等によって形成されるわが国の公序にも反するもので、民法九〇条により無効である旨主張するので検討する。

ところで、憲法一四条一項の「社会的身分」とは、人が社会において占める継続的地位をいうものであり、年齢は社会的身分には当たらないものであるが、右法条に列挙された事由は例示的なものであって、必ずしも同法条に列挙するものに限るものでないことから、年齢を理由とする差別的取扱いについて、法の下の平等の埒外にあると直ちにいうことはできないものである。しかし、右法条は、国民に対し、絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であり、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱いをすることは、右法条の禁止するところではない。

民営企業における労使関係には、憲法の定める法の下の平等原則が直接適用されるものではないが、労働基準法三条は、使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他労働条件について、差別的取扱いをすることを禁止し、均等待遇の原則を定めているところ、同法条に列挙された事由も例示的なものと解されることから、使用者は、たとえ年齢を理由としても、差別すべき合理的理由なくして労働条件について差別することは許されないというべきである。

本件就業規則の変更においては、確かに、五五歳という年齢に到達したことを理由に、賃金の減額をする取扱いを定めているものであるが、旧就業規則では定年は五五歳となっていたものであり、五五歳から六〇歳までの労働者にとっては定年延長の利益を受けることになるのであり、こうした制度の改正を円滑に導入するために、かかる利益を享受する五五歳以上の労働者について、賃金等の面で不利益に取り扱うこととしたとしても、そのような不利益を当該労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合には、かかる差別的取扱いにもやむを得ない合理的理由があるものとして、是認され得るものというべきである。

結局、前示のとおり、本件就業規則の変更について合理性が認められることからすると、その年齢による差別的取扱いは合理的理由があるというべきであり、また、原告ら主張の年齢差別に関する国際的公序及び高齢者雇用安定法の制定経緯並びに平成二年四月当時から現時点までのわが国の社会状況等に照らしても、公序良俗に反するとまでは認めるに足りないものである。

五  同一労働同一賃金の原則について

原告らは、原告らが五五歳の前後を通じて被告に提供している労働が同一価値であることは明白であり、このような同一価値の労働について、基本給を六五ないし五五パーセント(平成四年四月以降七〇ないし六〇パーセント)にまで大幅に減額した賃金しか支払わないことは、同一(価値)労働同一賃金の原則を定めた法規範及び公序に反するもので無効である旨主張する。

しかしながら、わが国内法上、同一労働同一賃金の原則が実定法規範として定立しているとは認め難いというべきである。

なるほど、原告らが主張するように、世界人権宣言二三条二項、国際人権規約(A規約)七条、ILO一〇〇号条約二条一項において、すべての人は同一価値の労働について同一報酬を受ける権利を有する趣旨が定められており、このうち、国際人権規約(A規約)及びILO一〇〇号条約については、わが国においても批准したことにより国内的法規範としての効力を有するに至っていることは明らかであるが、国際人権規約(A規約)の条項については、右条項を具体的法規範として法律関係に直接適用することは予定されておらず、締約国の国内法規と調和させながら、立法措置その他のすべての適当な方法によって右人権規約による権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、行動をとることを約束する(A規約二条一項)ものであり、ILO一〇〇号条約にしても、これとほぼ同様に解されるものである。また、わが国においては年功序列型賃金体系をとっている企業も多数存在する上、同一価値労働といっても一義的に明確なものではなく、同一価値の労働を半定する方法・基準を明確化し、これを労働市場や賃金体系に適正に反映させることによって準則化する必要があり、そのためには十分な社会的コンセンサスも必要となるものであるから、現時点においては、わが国において、かかる原則が具体的規範性を有する公序として確立しているとはいまだ認めるに足りないものである。

したがって、この点に関する原告らの主張も採用できないものである。

六  付言

本件就業規則の変更は、被告の経営状態に照らしてやむを得ないものであるが、原告らのように、五五歳到達後も従前と同じ運転業務に従事している者としては、基本給を三〇ないし四〇パーセントも減額されることに不満を持つことは無理からぬものといえる。被告としても、定年延長者の処遇改善に努力しているものの、長引く不況によりままならぬ点は窺われないではないが、最重点課題の一つとして一層の努力が望まれるところである。

また、貨物列車の運転業務は深夜勤務が多く、特に朝帰宅して同日の夜出勤するいわゆる「W仕業」という勤務は肉体的、精神的疲労が激しいものであり、五五歳を越えた者にとっては本当に過酷なものであるから、勤務時間の短縮あるいは特殊勤務手当の支給等について検討の余地がないものかと思料する次第である。

七  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林道春 裁判官 田近年則 裁判官 松岡千帆)

〔別表一〕

<省略>

〔別表二〕

<省略>

〔別表三)

<省略>

〔別表四〕

<省略>

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